まずはここで移民申請をすることに。。
パラグアイで生活するため。いわれるがままに申請に行く。
この土地のことなんてまだ何も知らないのに。。。移民申請するの?
申請のために初めにCENTRO(中心地)にある通称”Migraciones”(ミグラシオネス)へ。
Direccion Nacional de Migraciones
ここは外国人専用。
外国から移住してきた人のためのオフィス。とはいえ英語すら通じません。
だれか英語が喋れる人はいませんか?
ここで大きな声で助けを求めたこともあるよ。
衝撃しかないパラグアイ生活のはじまりです。
パラグアイに住むためにはまずここへ行く必要があります。
ここで今後必要となる手続きをします。
たくさんの書類をそろえるために、たくさんの場所を巡らなければいけません。

日本からはアポスティーユ付きの無犯罪証明書と、
戸籍謄本を持参しました。
アポスティーユ
アポスティーユ付き証明書とは、
日本の警察署で発行してもらった無犯罪証明書と戸籍謄本を外務省で
外国でも有効性を持たせるための認証をしてもらった証明書のことです。
↓↓↓
https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/page22_000548.html
さらに日本の書類はパラグアイの認定翻訳者に翻訳してもらう必要があります。
書類のコピーにはすべて行政書士の公認スタンプも必要になります。
移住ってかなり大変ですよ。かかるお金も労力も相当なものです。
これは2015年当時のやり方で、これらをクリアしたら永住権が申請できました。現在は2年VISAをとって、生活をした後
永住権申請ができるようになります。以前より厳しくなっています。
移民申請
Migracionesへ行って手続き開始。
ここで移民申請をすれば、CEDURAと呼ばれる市民ID(マイナンバーカードのようなもの)の申請ができます。
当時はまず、移民申請中の書類を持って、生活保障を証明するために銀行口座を開設して1年分の最低賃金を入金することからはじまりました。
日本とパラグアイには昔の移民協定が残っているため、こういう方法がとれます。
私が半ば強制的にパラグアイに移住したのもこのため。
とはいえ、どんなところか見てみるつもりでと聞いていたので、
いきなり大ごとでビビってます。

こういうシュールすぎる光景があまりにも衝撃的でした。
ここに住めるわけがない。
そんな風にしか思えませんでした。

移民申請の昼休憩に連れて行ってもらったCOPETIN(食堂)
え?
こんなとこで食べるんですか?
もうちょっとまともなとこないですか?
壁びりびりに剝がれてますよ。。
なんて思いながら。。

市民権も永住権も申請にはCOMISARIA No.5という警察の印鑑が必要なんだけど、、、
スラムの入り口にあるんですよね。。
この橋の下が、パラグアイのスラムと呼ばれるCHACARITA。
ここで何があっても自己責任。
強盗に会おうが、けがをしようが、すべて自己責任で
警察も介入しない土地です。CHACARITAだから。で終わる。
まぁ、この移民申請から5年後、
CHACARITAの子供たちと息子は同じ学校に通っていましたが。。
夜CENTROで靴磨きをしている子もいました。
私たちはそれくらい、地域に根付いて暮らしていたし、
PARAGUAY人よりもPARAGUAYの路上に詳しくなってました。
そこに至るまでの紆余曲折を
これからこのブログに書いていく予定です。

帰りにスーパーによったら、FOLKLOREを歌う人がいた。
5歳の成長記録は⇩⇩⇩
https://blog.rebelor.net/tag/5-years-old/






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