BLOG BY TOMIKO TAKINO
ゼラニウムの成長記録:2月から5月にかけて
FEB/2026 2026年2月にスーパーで300円程度で3号鉢に4本の挿し木が入った苗を購入。寒い中つぼみが開いたミニバラ。なんとなくかわいいからと4号半くらいのサイズに植えた。

妊娠中のおなかの変化をUPしました。
徐々に大きくなっていくおなか。
本当に不思議だと思うし、すごく神秘的。
みんなこうして生まれてきたんだよ。
CHOOSE NATURAL BIRTH IN THE MIDWIFE HOUSE.

青春18きっぷで旅してみた!
Merry christmas!! we decorated a cake like this. fried chickens and salad after ate the meal we went to house a landlady of my room. and we experienced how to spent Navidad in paraguay with her family. It was a great day! in the morning….Jumpei found the present from santaclaus!!! xx Ardi
セントロまでジャズフェスを見に行ったけど、、、 洪水につき中止。 仕方ないので中心地のフェリアを散策。 絵描きさんが絵を描いていました! 川沿いはいつも洪水。。。そこに住むのは貧しい人々。 住む場所を奪われ、掘建て小屋を建ててまたそこに暮らす。 当然そこは治安も悪くなるし、裕福層、ハイソ気取りの普通の人、 皆差別の目を向けます。そしてどんどん溝はうまれーの。。 災害やら追い出しやらの問題が起こる。 西成だとか、桜ノ宮の河川敷を思い出してもらったらいいと思う。 どの国も同じ。。。違うのは銃社会って事くらいかな。 馬鹿げた理不尽。 こういう理不尽が日常的にあると 必ず差別意識というものが人に植え込まれる。 実際パラグアイは差別意識がかなり強いです。 混血文化の国だけど、移民ビジネス推進の国だけど、超差別的。 超保守、超閉塞的。 小さい国だからね。 所得の低い人への意識、外国人への意識、黒人への意識。。。 何故?って思う程、差別的。 そこが好きではない。 混血の国だから、移民の国だからこそなんだろう。。 笑えないジョークで笑っていたり、 日常的にえ?と思う事を口にしたりします。 悪気がある訳でもなないとわかるんだけど、、、 あああああああああ、とため息が出てしまいます。 もちろんいい部分は他に一杯ある。 だから暮らしているんだけど、ここだけはちょっと 私にはあわない。。 はりねずみ!? その後、タチアナとデーーーーート! xx Ardi
adios fernando de la mora にわとりともお別れ。。 嫌な事も一杯あったけど、それだけじゃない。 若さと才能を浪費してはいけない。 世の中横柄な人間が山の様にいるけれど。。。 右にならわないで生きていかなくては。 同じくここの下宿人、マヌもまた絵描き。 普段はサッカーチームのフラッグやらを好んで描いてる。 なんか自分の若い頃を見ている気分になる。。。 パラグアイのアーティストと何かコラボレーションしたい。 と思っていたんだけど私自身が生活に一杯で未だ、いいアイデアが浮かばず。。 パラグアイのアーティストはデフォルメ方法が独特。 すごくいい雰囲気です。 機会があったら作品を紹介したい。 xx Ardi
毎日1時間近くかけて学校に通っていた私と息子。 距離的には30分程度なんだけど、バスが来ない。。 朝7時にスペイン語学校へ行き、11時に一時帰宅、 12時半に日本語学校へ行き、帰りはラッシュで19時。 スーパーによれば20時を過ぎる事も。。 母子ともに疲れ果ててしまい、引越しを決意。 自分のスペースが欲しいという単純な理由もある。 日系の貸し物件もいろいろ紹介してもらったけれど、、、 条件がどうしてもあわない。 私は学校以外ではパラグアイコミュニティにいるし、 音楽もやってる。 だから家にパラグアイ人が来るという事は普通のこと。 夜中に帰宅、これも普通。深夜じゃないけど音出しもする。 けれど日系物件ではこれあまりよろしくないらしい。 やはり『危ない』という意識がここにはある。 もちろん実際に危ない。強盗は本当に多い。 けれどそんな事言っていては暮らせないです。はい。。 ていうか音楽できないですよ。。はい。。 っていうかパラグアイ人皆が強盗じゃないです。。 という訳で学校の先生の家の近くに空き物件があったので 凄く悩んだけれど、この物件、人目惚れして引越しを決めました。 家財品もなーーーんも持ってないけれど、、、 とりあえず学校の机と椅子をお借りしました。 そしてお金かけたくないので安いエアーベッドを購入。 息子と二人転がってももう痛い思いをしないキングサイズ! これまでシングルベッドで二人で寝てたのだ。。。 ついに辿り着いたのだ! ここがパラグアイの私と息子のスペース。 学校までは徒歩30分、スペイン語学校までは徒歩1分です。 小さなコシーナとバーニョもついてる。 出費はとても多くなるから、これまでの倍は働かなくちゃだけれど。。 自分の働いたお金を暮らしに充てる。 それは『自由』だと思ってる。 誰かに与えられるのではなく、自分で手に入れなきゃ。 パラグアイで手に入れたこれが私の自由。 働いて生活をして、、、生きるという事。。 不自由な程に苦しい自由でもあるね。 夢のコシーナ。。。 ほんとに夢だったよ。 けれどまだ現実はフェルナンド・デ・ラ・モラにあるのだ。。 ゴーヤと鶏肉の味噌炒め xx Ardi
アスンシオン日本語学校の卒業式 卒業生を送る歌を生徒達と演奏。 一年、、、にも満たない短い期間でしたが 私にはとても長い時間でした。 不安しかなかったけれど、生徒達、園児達のお陰で無事この日を迎える事が出来た。 私は教師ではないです。 日本では画家、グラフィックデザイナー、ミュージシャンという肩書きでした。 ここに来て初めて日本語を教えるという仕事に就きました。 普通の人がいえ、随分な変わり者が突然外国へ行って学校の先生になった訳です。 初めは保護者の方々は不安でしかなかったと思います。 今もかな? 金髪のチャラチャラした子供みたいな人に任せられるか。 というのが本音だと思います。 けれど何とか一年見守っていただいた事に まずは感謝をしたいです。 私はこう見えて日本でもかなり多くの仕事に就いてきました。 見た目と違って社会でのキャリアも長いです。 7歳の子を持つ母親でもあります。 これでも十何年も前に日本で本を出版しているので言語というものに 対してある程度の理解力もあります。 だから不安はあっても何とか出来るという考えと小さな自信はありました。 それを自分だけのものではなく他の先生方や関係者の皆さん、 保護者の皆様からの信頼へと変える事が私の課題でした。 スペイン語がわからない私はほんとうに毎日もどかしい思いをしました。 3歳児のクラスは半数以上が日本語を理解していなかった。 言葉さえ通じれば。。。なんて事を考える事も少なくなかった。 『先生』と私を通り過ぎてスペイン語のわかる、話の通じる先生の元へ 、、、なんて場面も少なくなかった。 言語が理解出来ない自分が人として成熟していない 幼い子供のように思えて、とても辛い日々でした。 そもそもスペイン語の知識がゼロ、勉強するつもりもなく、 ここで生活するなんて思ってもいなかったのですから無理もないのです。 なんとなく来た地で1ヶ月滞在した時に突然頂いた話でした。 旅費はもちろん滞在費もなかったので チャレンジと思い、期間限定の移住と新しい生活を決意しました。 そこからは本当に大変でした。 何もかもがわからない。 日系社会とはいえ、ここは日本ではないのです。 全く違う日本文化と言っても過言ではないでしょう。 とにかくなんとか流れを覚えて、なんとか一日を過ごして。。。 はじめのうちはそんな具合でした。 毎日の通勤すらも怖かった。 バスに乗ったら襲われると聞かされていたけれど、 毎日の通勤には子供と二人、バスに乗るという手段しかなかったのです。 3月に日本のアパートを解約する為に帰国し、本格的に働き始めた5月。 ようやくスペイン語アレルギーも治まり、子供達とのコミュニケーションの為に 覚えたいと前向きになれる様になりました。 積極的に歌や絵を授業に取り入れて 言語以外のコミュニケーションを重視する様にしました。 子供達は1年で大人の何倍も成長するのです。 お互いにわかる事が増え、何もかもがスムーズに、 毎日園で何をしようか考えることがどんどん楽しくなっていきました。 後期は上級生の絵画指導、卒業式での演奏の為の ギター指導もさせていただきました。 私にとっては素晴らしい経験でした。 音楽や芸術は生きる為に必須とは言えません。 けれどこういったもの、自分自身が人生の中で これこそがコミュニケーションであると大切にして来たもののお陰で 難しいはずの事がとても簡単になっていったのです。 その事実を経験として積み上げられた事が 私にとっては何よりもの宝物だと思っています。 生徒達は本当に素直です。 彼/彼女らのお陰で私は1年ここで働く事が出来ました。 そしてこれまでにない、ここでしか味わえない 貴重な経験をする事が出来ました。 日本で失われた何かがここにはある様な気がします。 美化する訳ではありません。 パラグアイもまたケータイ社会です。 貧富の差が激しいパラグアイでこういった学校に通えるという事は 豊かである証拠です。差別は確実にここにあります。 家では日本と同じくビデオゲームを楽しんでいるのかもしれません。 身の回りの事はお手伝いさんがすべて済ませてくれるなんて家庭だってあるでしょう。 全てが素晴らしい訳じゃないです。 けれど、本当にこの国の子供達に感じるものは日本とは違っているのです。 人懐っこい笑顔に私はいつもいつも救われてきました。 身よりもない、縁もゆかりもない故郷から遥かに遠いこんな土地で、 何とかやってこれたのは本当に、園児や生徒達、保護者の方々、 先生方、関係者の皆さんの理解とご協力のお陰だと思っています。 とりあえず一年、そう考え始めた仕事ですが、 もう少しチャレンジしてみたいと思います。 ストライプのシャツのミユ、中学生だけど平日は幼稚園の補助スタッフでもあります。 式で一緒にギターを弾いたケニア。 この日卒業したはるかは来年度の幼稚園の補助スタッフ! 卒業式の後のビュッフェ!! ほんとに何もかもわからなかったので 工作はほぼ全てミスプリのコピー用紙で作った一年でした。 毎月園児とこうして教室を飾りました。 xx Ardi
en la escuela ¡Cuánto tiempo sin tocar bajo guitarra! trato de encontrar el lugar donde me toco el bajo trajo una hamburguesa a casa después de la fiesta de Navidad de la escuela. poner el aguacate!! Riquisimo!! xx Ardi
半年ほど通ったフェルナンド・デ・ラ・モラの公立小学校。 とてもいいクラスメイトに恵まれ何とか1年生をパスしました。 引越しにつき2年生は別の学校へ。 私達にとって学校に通う事はとても大変でした。 授業だけでない、連絡も何も理解出来ない。 けれど皆がサポートしてくれたお陰でなんとか通う事が出来ました。 感謝で一杯です。 it is a last day we went to escuela de Fernando de la mora. because we will move other city soon. jumpei sutdied here with his good classmate. it was difficult to understand everything because we can’t speak spanish well. but they were always take care about us so as to study better. un último día fuimos a la Escuela de Fernando de la Moraporque vamos cambiar de casa en otra ciudad pronto. Jumpei estudió aquí con su buen compañero. era difícil de entender todo porque no podemos hablar español bien pero siempre se…
2度目のロマサンヘロニモでのライブは展望台のバーにて。 今回はボーカリストとして参加。 このバーの人以前の来訪もライブの事も覚えてくれていた! いつもの様に撮ってくれる人もおらず、 いえ皆撮ってくれるんだけど、知らない人なので写真をもらえない。。 という訳で今回も自分のライブの写真はなし。。 James BrownのI Feel Goodが一番ウケた。 xx Ardi
Limpioのカジノでのライブ。 真夜中につき眠る息子を抱えて。。。 写真はなし。 撮られるんだけど知らない人達ばかりでもらえない。w 郊外のカジノだけど人もたくさんいて かなり楽しかった。 ThemのGloriaのカバーがバッチリハマって大ウケした。 野外は楽しい、簡易セットで歌う。 けれど私はやっぱりスポットライトが好きな様子。 もしくはバンドの生演奏だ。 xx Ardi